ブルーノ・マーズ「Doo-Wops & Hooligans」

ドゥー・ワップス&フーリガンズ(生産限定スペシャル・プライス盤)

このアルバムにも収録されている「Talking To The Moon」のサビが、ここ最近頭の中をぐるぐる回っている。
この曲との出会いは「Songs For Japan」の収録曲だったこと。
「Songs…」の曲の多くがすでに知っていた曲だったこともあって「なんか『Now!』っぽいヒット曲の寄せ集めみたいだなぁ…」などと、つい斜めに構えて聞いていた中で、大切な人を失った悲しみを切々と歌うこの曲の歌詞にぐっと来てしまったのだ。
先の震災やその後の原発事故を通じて大切な人を失った人にせめて共感だけはしつづけたい。
この曲を聞くたびに。

きみがどこかにいってしまったのはわかってる
どこか遠くへ
でも取り戻したい
取り戻したいんだよ
近所の人たちは、ぼくがおかしくなったと思ってる
だけどわかっちゃいないよ
きみがぼくのすべてだったってことを
そう、きみはぼくのすべてだった

夜になって星が部屋を明るく照らしたら
ぼくは一人腰を下ろす
そして月にむかって話すんだ
きみに届くように
同時に自分自身にも語りかけてるんだ
って、一人で座ってるとフクロウみたいだな
月にむかって話してるしね

…(以上、勝手に訳)

そして同時期に再読した「星の王子さま」。
なぜ人は大切な人を失うと星や月にその面影を重ねるのだろう。
夜に押し寄せる孤独感・喪失感、こたえてはくれないがつねに受けとめてくれる美しい輝き、はかない人の命や人間関係を星や月の普遍性に託す…。
または、失ったその人への思いは自分だけの特別なもので、ほかのだれに話してもぜったいに理解できるわけがない、というつよい思いが人間ではない話し相手をもとめるのかもしれない。

いま保育園の帰りに息子と歩いていると「あ、お月さまだよ!」と得意げに教えてくれる。
そういえば去年旅行に出かけたとき、夕暮れに息子と散歩していると突然「ポケットにお星さま入ってるんだ」といいだし、ニヤリと笑った。
これはこたえてやらないといけない。
あらかじめ目だけで一番星を探しておいて、息子に「じゃ、お星さま1個ちょうだい」と声をかける。
息子が「ふり」で手のひらに載せてくれた星を「ふり」の投球モーションで空に投げ上げ、「ほら! 光った!」と一番星を指さす。
息子は大喜び。
「もっと!」とせがむのにこたえてくり返しているうちに、すっかり暗くなり満天の星空に。
最後はポケットの残りの星すべてを両手に大盛りにして、二人で紙吹雪のように投げ上げた。
星が降ってくるようだった。

暗い夜道をお互いを頼りにして歩いていると、月や星の輝きは信頼の象徴でもあり、幸せの脇役であるように思う。
当たり前のことだけれど、月や星が悲しみの対象になるかどうかはそれを見る人の気持ちしだいだ、やっぱり。
いま月や星に語りかけている人たちの中には、失った人への愛情とともに自身がこれからどう生きていくのかという切実な思いをもっている人もいるかもしれない。

折しも今日は七夕。
一刻も早くすべての人たちが月や星の美しさを純粋に味わえる日が来ますように。