日本国憲法

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「出口のない海」

「出口のない海」オリジナル・サウンドトラック
(「『出口のない海』オリジナル・サウンドトラック」)
発売元 : コロムビアミュージックエンタテインメント
品番 : COCQ-84208 / 定価 : 2,520円(消費税120円ふくむ)

「出口のない海」公式ホームページ

「チルソクの夏」、「カーテンコール」と、自分のピントにぴったりだった佐々部清監督作品ということで楽しみに出かけた。

多量の爆薬を積み、人間が操縦して敵艦船に体当たりするという人間魚雷、回天。
戦争に行く意味、敵を殺す意味、自分の死の意味…それを考えつづけた学徒兵たちの葛藤が全体を覆う。
回天を敵艦船のそばまで運ぶ潜水艦と、人一人がやっと座れる回天内部が映画の主要な場面となり、精神的にも肉体的にも「出口のない」状況を描く。
生きて帰ることになっても、「(お国のために)死ねなかった」という残酷な後悔をひきずるという出口のなさ…。
靖国史観派の人たちは、戦争を反省することを自虐というが、戦争ゆえに引き起こされたこの「生きていることへの自虐」をどう説明するのか。

主人公たち個人の葛藤が問題なのではない。
戦争というシステムが彼らをそこに追いこんだというメッセージが大事だ。

激しい応戦があるわけではないし、血が出るとか、手足がふっ飛ぶとかいう視覚的・肉体的な苦痛もないので、戦争映画としては淡々としているかもしれない。
しかし、ずっしりと心にのしかかる映画だ。
翌日、妙に腹筋や太ももが筋肉痛で、きっと映画館の座席でふんばってしまっていたのだろう。

市川海老蔵さんが演じた主役の並木浩二は、甲子園にも出場した大学野球のピッチャー。
戦争が切り裂いた若者の夢として野球を選んだのは「出来すぎ」と思うかもしれない。
しかし、実際にそんな青年がいたのだ。

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憲法9条を守る決意

この場を借りて、これまでも自分の生い立ちにかかわることや、最近長崎原爆資料館に行って感じたことを書いたり、「CASSHERN」「機関車先生」「パッチギ!」などの映画評の名を借りて、反戦・平和と、その後ろ盾ともいえる憲法9条の大切さについて表明してきたつもり。

で、たまたま目にした「Keep9――9条守ろう!ブロガーズ・リンク」。

いいじゃない!!

なんでもそうなのだけれど、一人ぼっちのつぶやきのようなものと、「自分も同じ意見をもっているよ」と表明して仲間への参加表明をすることとはまったく次元が違うもの。
というわけで、さっそくの賛同表明をかねて、このメッセージを書いてみた。

あわせて、オフラインでの9条を守る大規模な運動を展開している「九条の会」にもリンク。

それにあわせて、きちんとリンクのバナーが表示できるように…など、レイアウトを若干改造しました。

もちろん子どもにじゃないよ。
いま「愛国心」を教育の目的にしようと熱心な自民党・公明党のみなさんに。

  • アメリカの軍隊のために沖縄の貴重な自然を破壊しようとしているので減点
  • ご先祖を大切に、といいながら、いま生きているおじいちゃん、おばあちゃんを病院にかかりにくくする医療制度改悪をすすめているので減点
  • 最高法規である憲法を守るつもりがないので減点
  • そもそも「国民に愛国心が足りない」と思っている時点で日本国民を信頼していないので減点

などなど。
ぼくにいわせりゃ、自民党・公明党のみなさんの「愛国心」って相当低いと思うよ。
自民党政治を支持しないほうが愛国心のポイントが高いわけ?…高いっていうならわからないでもないけど。

これからはじまるサッカーのワールドカップで日本を応援しなきゃ愛国心が足りないんか?
サッカー見てるよりお国のために労働するほうが愛国心が高いんでないの?

以前に、日本人形とヨーロッパのドールの製作過程の違いをテレビでやってて。
日本の場合は目を最後に入れる、ヨーロッパでは目を最初に入れる。
両方とも理由は「目がいちばん大事だから」。
背後にある精神がいっしょでも、行動が同じとはかぎらない。
「目を最後に入れるのはどうしてかって?――みんなそうしてるから」って、まったく「愛」とはほど遠い事務的な理由で同じ行動をしているかもしれない。

「愛」なんて評価できるわけないじゃん。
「愛国心を押し売りする国なんて愛せない」――こう思ってる人、多いと思うよ。
この矛盾にどうこたえるんだろうね。

「パッチギ!」

パッチギ ! スタンダード・エディション
発売元 : ハピネット・ピクチャーズ / 定価3,990円(消費税190円ふくむ)

「パッチギ!」公式ホームページ

以前に「チルソクの夏」を紹介したが、いわんとすることはとても似ている。
日本、韓国、北朝鮮…地理的に間にある海や川にたとえて、それぞれの国のあいだにあるあつれき、障害の不条理さを描く。

本作は、日本と朝鮮半島の間にあるあつれきを映像から感じるエネルギーとして描いているので、よくも悪くもインパクトがある。
その描写については、そこまで暴力的に描く必要があるか、という議論は十分ありえるとして、テレビでみる井筒監督そのまんまの「怒れ!若者!!」というメッセージなのだろう。

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ボウリング・フォー・コロンバイン
発売元 : ジェネオン エンタテインメント
品番 : PIBF-7549 / 定価 : 4,935円(消費税235円ふくむ)

「Bowling For Columbine」公式ホームページ
「ボウリング・フォー・コロンバイン」日本版公式ホームページ

遅ればせながら、テレビ放送(の録画)で見た。
全部に共感できるわけじゃないけど、マイケル・ムーアというのはなかなか大事な存在だと思う。
銃社会に異論を唱え、イラク戦争にものをいう――一般的なアメリカ人のイメージにたいして、(当たり前だけど)そういうアメリカ人もいるんだということを確認させてくれるのだから。

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「機関車先生」

機関車先生 スペシャル・エディション
発売元: 日本ヘラルド映画 / 販売元: ハピネット
品番: BBBJ-5551 / 価格: 3,990円(消費税190円ふくむ)

「機関車先生」公式ホームページ

なぜ見たかというと、予告編の子どもの顔がよかったから。
それは、どう見ても主役の先生と子どもの別れの場面だろう。
子どもたちが顔中に汚いほどの涙のあとを残して、なにやら叫び、一点にむかって手をふる。
もうそれだけで子どもたちがのびのびと演技をし、またスタッフやら俳優たちやらとただならぬ信頼関係をつくった映画だという推察ができた。
「この結末が待っているなら見ようじゃないの」と思わずにはいられない、いい顔だった。

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「CASSHERN」

CASSHERN
発売元 : 松竹
品番 : DA-0452 / 定価4,935円(消費税235円ふくむ)
10月23日発売!

「CASSHERN」公式ホームページ

映画を見たのはずいぶん前だったのだけど、DVD発売のニュースが入ったので書いてみることにした。

この映画、もとになったのは70年代のアニメ「新造人間キャシャーン」だ。
リアルタイムで子どものときに見たことは見たのだが、それほど夢中になった記憶がない。
しかし、なぜか強烈に印象に残っている。

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「チルソクの夏」

チルソクの夏 特別版
発売元 : アスミック / 販売元 : 角川エンタテインメント
品番 : ACBD-10233 / 定価4,935円(消費税235円ふくむ)

「チルソクの夏」公式ホームページ

なんかね、とっても「青春映画」でした。
主役の高校生たちが陸上部にしても、むやみやたらに走ってるシーンが多いし、いかにも初恋の胸キュンなお話だし。
けなそうと思えば「青臭い映画」ってことになるだろうけど、その若さゆえの正義感やエネルギーにケチをつけるような「枯れたオヤジ」にはなりたくない。

山口県下関の陸上部の女子高校生の友人たちが、韓国・釜山へ交流陸上競技大会に出かける。
宿舎での夜、韓国の選手の一人安大豪(アン・テイホウ)が、下関の女子高校生、郁子(いくこ)に、恋心をうちあける。
「また来年の七夕(韓国語でチルソクというそうです)会おう」、と。
そして二人の文通と恋を中心にドラマはすすんでいく…。

じつは、紹介するタイミングをはずしたと思って、棚上げしていたのだが、「七夕」を前後して、地元下関をはじめ、地方での上映がスタート。
東京では、なかなか異例のリバイバル上映がきまった。
こういう地味(失礼?)だがいい映画が、息長く上映されるのはファンとして、実にうれしい。

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この世の外へ クラブ進駐軍
販売元 : 松竹ホームビデオ / 発売元 : 角川大映映画、セディックインターナショナル
品番 : DA-0358 / 定価 4,935円(消費税235円ふくむ)

公式ホームページ

「武器より楽器なんだよ」――萩原聖人の台詞に、映画館は、妙にしんと静まりかえった。

映画は、第二次世界大戦直後の日本を舞台に、戦争にかかわる過去をもった 5 人の青年の姿と、彼らがジャズを通してふれる進駐軍=アメリカの姿をも描いていく。

バンド・リーダーの萩原聖人さんだけでなく、音楽的にも精神的にも主柱となるベーシストを演じた松岡俊介さん、音楽性を高めるのに貢献した、本職のトランペッター MITCH さんらも好演。
しかし、快演はオダギリ・ジョーさんだ。

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世の中には――というほど一般的でなくともいいか。少なくとも僕の知人にも――さびしがりな人がいて、一人でご飯を食べるのはさびしくて仕方がないからなるべく避けたい、という(ちなみに男)。
ぼくは、自信をもっていうが、晩飯を一人で食う。
食堂の隅の、薄暗いテーブルを陣取り、窓の外の夜景を眺めながら、食事と人生をかみしめる。
その日一日の仕事をふりかえり、ひっかかっているいろんなこと…たとえば、いま書いているようなことを考える。
実に贅沢な時間だ。
そりゃ、人と会話を楽しむ夕食も悪くない。
しかし、「一人じゃご飯が食べられない」的な不安というのは、ちょっと共感できない。
(これを読んだみなさん。だからといって、一人で夕食を食べるぼくに声をかけるのをはばかる必要はありませんよ。念のため。)

どうして、一人で飯を食うことをなんとも思わない人と、さびしくてたまらないという人がいるか、ちょっと考えてみたのだが…

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