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「華氏911」

華氏 911 コレクターズ・エディション [DVD]

華氏911 オフィシャルサイト

9月11日夜、「華氏911」を見に行った。
地理的にアメリカとイラクの中間地点にある日本の首都、東京・新宿の夜は、「ごく普通の土曜日の夜」だった。
こうしてその風景を思い出していると、「階級社会は、無知と貧困によって支えられている」という、映画のラストの言葉が重みをもってくる。

「反ブッシュ」「反イラク戦争」というイメージをもってこの映画にのぞんだが、なぜ「反ブッシュ」であり、「反イラク戦争」なのか、という理由が語られている。
ブッシュが代表しているのは、サウジアラビアの石油大資本であり、イラク戦争の目的は彼らの利益を守り、より大きくすること。
その犠牲になっているのが、イラクの国民であり、軍に入ってイラクに行くしかないアメリカの貧困層の青年であることを説明する。

そう。
この映画が批判しているのは、単にブッシュ政権でなく、単にイラク戦争でなく、そうした現象の背後にあるアメリカ社会の根源的問題なのだ。

いま「自由の国」アメリカにあるのは、「マスコミを都合のいいようにコントロールする自由」であり、「ビン・ラディン一族を国外逃亡させる自由」であり、「軍事産業にどんどん税金投入する自由」であり、「大量破壊兵器がなくても他国の国民を殺傷する自由」であり、「貧しい国民たちをあの手この手で戦場に送りこむ自由」であり、「兵士たちの魂を奪い、殺人マシーンにつくりかえる自由」であり、「『テロリストだから』という理由をつくって国民を監視する自由」であり…といった大資本の側のものばかり。
当然のごとく、その裏側には、「金さえあれば」「職についていれば」「黒人でなければ」という条件つきの選択肢しか用意されていない「不自由な」国民たちが存在する。
端的にいえば、「自由を奪う自由」がまかり通っているといえるのではないか。

この映画を見ての感想のなかには、先の「無知と貧困」のキーワードにひきずられて、みずからの無知を反省するものが多い。
しかし、「無知」=「知らない」という結果が問題なのではないし、また「知ろうとしない」人を対象にこんな映画をつくっても無意味である。
映画のなかでも、ブッシュ大統領誕生に一役買い、イラク戦争のCMづくりになりはてるマスコミの姿を描いていた。
日本のマスコミだって同じだ。
イラク戦争を「侵略戦争だ」といったり、自衛隊がイラクに行ったことを「派兵」だというテレビ、一般紙を見たことがない。
「知ろう」とする自省も大切だが、「知らせようとしない」マスコミにも怒りをぶつけるべきなのではないだろうか。

p.s. この記事、公開するの忘れてました。

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